【2017年2月の雑感➂】病気診察備忘録
▲バラの花。黄色の薔薇の花言葉から「励まし」を選びました。自分で自分を励ましたいと思います。
抗がん剤治療開始、退院しました。
■2月20日(月):神戸医療センターに入院しました。今回で3回目です。病気になるまで小学生の時以来60年近く入院などしたことがありません。こういうことになるとは予想だにしなかったことです。
●同じ病棟の一番手前の部屋になりました。最初は奥の病室でしたがだんだん手前になりました。今回は抗がん剤治療の開始のため4日間の予定です。初日は予備日のようなものでゆったり過ごしました。薬剤師からは薬の説明はありました。
●血液検査も異常なし、血糖値、血圧、体温ともに異常なしです。それもそのはず、最近は体調も良くてどちらかといえば元気なんですから。
●2日目の昼頃から治療開始です。最初にポートに針を刺すのに初めての女医先生が来られました。どうやら病棟の看護師は慣れていないようです。先生は「いきますよ、ちょっと痛いかもしれません」と言われて、私の上から思い切り差し込まれました。
●「うっ!」「痛い!」私の腰は少し浮き上がりました。(笑)久しぶりの激痛です。1年半前の手術の後、尿管を外されたのですが尿が出なくなり真夜中に看護師さんが私のムスコに管を再注入されたとき以来の痛さでした。(笑)
●針がポートを突き抜けるのではと危惧したぐらいです。後日通院の治療病棟で専門の看護師さんのオリエンテーションを受けた時にそのことを伝え、「毎回激痛があるのですか」と尋ねたところ、苦笑いしながら「そんなことはないですよ」と言われました。
●まだやっていないのでわかりませんが、毎日専門にやっておられる方と偶にする方では力の入れ具合も違うのでしょうね。痛みに弱い私なので並の痛さで終わることを願いました。
●その後は抗がん剤の注入です。看護師さんは男性で防護服のようなものを着てセットされました。放射能を浴びないようにとのことでした。この薬はそういうものかと初めて知りました。
●4時間近くかけていくつかの薬を点滴しました。(メインはコルプラット)その後夕方から48時間連続投入の点滴のため首からポンプを吊り下げました。400㎖ぐらいのペットボトルのようなものです。
●このころから鼻水が出て風邪気味になりましたが薬はもらえません。パブロンを持ってくればよかったと後悔です。(笑)吊り下げたポンプは袋に入れていますがぶらぶらして困りました。片手しか使えないので困ったなと思うのですが誰も助言はしてくれません。(後にパジャマのズボンに挟むとよいのに自分で)気づきました)。
●夜寝る時に外れてはいけないし、体の下になってもと気になりました。鼻水と吊り下げポンプで十分に眠れません。幸いにも今回は同室の方の鼾は少なく気になりませんでしたが、とにかく眠れないのです。
●そのうえ2日間便秘です。入院前に排泄したとはいえ順調でない通じは良くありません。そのくせ食欲は旺盛で美味しい!ただ噛みはじめに顎が痛くなります。奥歯の歯茎に激痛です。なんじゃこりゃと思いつつもすぐにおさまるのでそのまま。
●3日目の夜もなかなか寝付けません。何とか眠ったようですが夜中の2時に目覚めました。原因は「しゃっくり」が出始めたのです。子供のころ以来、しゃっくりの経験は思い出せません。周りに迷惑になるので必死に止めようとしますが止まりません。またまた「なんじゃこりゃ」です。
●そのうち向かい側のベッドの患者さんが嘔吐しだしたのでびっくり。看護師さんの慌ただしい動きに気を取られているうちにしゃっくりは止まりました。そのまま眠ってしまったのか目が覚めたのは午前6時ごろ。すると再びしゃっくりが出始めて止まりません。
●看護師さんや先生に訴えるも処方箋がありません。鼻風邪、睡眠不足、しゃっくりと三重苦です。こりゃ大変だな、こんな生活が続くのかと思うとマイナス思考に陥りました。
●あまりにもしゃっくりがひどいので苦しんでいると、昨日の看護師さんが心配して「私のしゃっくり停止法を教えましょうか」と言ってくれました。その方法は『鼻をつまんで水をぐっと一息で飲んで、そのまま頭を下げて15秒ほど我慢をする』というものでした。1回目はむせてしまい失敗しましたが2回目で成功です。
●応急処置としては見事です。その後はあまり出なくなりましたし、出た時に同じ動作を繰り返せばすぐに止まりました。彼女の経験に感謝です。他の看護師さんは知らなかったようです。ノウハウを共有すればよいのに思いましたが。
■午後3時半に外来病室にて今後の化学療法の説明があるというので、家内を呼んで共に聴きに行きました。対面した看護師さんが私の症状を見て「しゃっくりがひどいですね、副作用が出ています」先生に言って「漢方薬がありますから処方していただきましょう」ですって。
●私は「何だよ、外科病棟では誰もそんなことは言ってくれないじゃないか」と不満に思いながらもようやく分かってくれる人に出会えたという安ど感を感じました。
●大病院の弊害でしょうね。この病院の外科病棟は大部分が整形外科の患者さんで占められているようです。(昔から評判が良いそうです)化学療法の外来病棟では当たり前の初期反応なのにそれが入院病棟では共有されていませんでした。
●外来病棟で分かったのは①しゃっくりは抗がん剤投入後の2~3日は出る。対応は漢方薬とのこと。②眠れなくなるのも薬のせい。興奮する薬が入っている(交感神経を刺激しているのでしょうね)。➂投薬後1週間ぐらいは体がだるくなる。(今日で5日目ですが昨日の4日目ぐらいからやや元気になってきました)
●④これから冷たいものに触れると痺れる。暖かい食事、飲み物、手袋、冷たい空気、水は避ける。帰ってすぐに風呂掃除をしたとき忘れて水で洗ったらびりびりと痺れました。痺れる感覚が分かりました。
●⑤出血には要注意。血が止まらなくなるので抜歯はしないように。毎日定時に体温と血圧を測定して記録しておくこと。(血圧計がありませんので購入しなければなりません。)
●⑥今後の排尿は便器に座ってすること。終わった後の水は2回流すこと。これってPET検査の病院と同じ対応です。放射能が出るからでしょうね。いやはや大変です。ですが家族に迷惑がかかるかもしれないので必ず守ることと言われました。(私は座って排尿すると残尿感があるんですけどね)。
●⑦今後は出来る限りいつも通りの生活を行いそこから生じる変化を記録してくださいとのこと。(おそらく実験材料となるのでしょう。ですが他人の役に立てば良いと覚悟を決めました。)
■48時間点滴は予定では午後5時から6時に終わる予定ですが終わりません。結局針を抜いたのは午後8時半になりました。夜勤の看護師さんが防護服のようなものを着て抜いてくれましたが、嫌そうな態度でしたね。(笑)
●体をふきたいのでタオルをお願いすると、もう一人の看護師さんがカーテンの隙間からテーブルに置いて帰っていきました。針を抜いてくれた方は翌朝も二度と私の前に姿を見せませんでした。気の毒で申しわけないのですが、プロだから毅然と対応すべきでしょう。
●帰ってからテレビで韓流ドラマ「ホジュン」の再放送をやっていたので観たのですが、ちょうど疫病が流行した村へ医師と医女が向かうシーンがありました。一人の医女が怯えてまともに介添えをしようとはしません。ホジュンが「怯えては病に侵される」と諭しますが行動は変わりません。そのうちその医女は疫病に感染して唯一、死んでしまいます。
●ドラマは偶然でしょうが、「君子危うきに近寄らず」が鉄則だとしても、やむを得ない局面では勇気をもって毅然と立ち向かわねばならないと思いました。
ともあれ遅くなったので4日間の入院を1日延ばして24日(金)に退院しました。少し体に力が入らずだるいですね。
●帰ってから翌日から朝6時10分に起きてストレッチとラジオ体操から再開しましたが、わずか4日間の入院生活で体が弱ってしまいました。腕立て伏せが50回から30回になり、体も十分に動かせません。
●今朝(28日)にようやく45回まで回復。だるさも抜けてきました。痺れ止めの漢方薬も飲むのを忘れるぐらいです。しゃっくりの漢方薬は2回飲んで治まりました。これから1週間は楽になるのでしょう。
●次回は3月7日(火)から通院で3日間の抗がん剤投与、それから副作用との共存、そして安定期が1週間というサイクルになりそうです。これが何か月(何年?)続くかわかりません。抗がん剤では完治は無いと言われています。あとは私の免疫力向上がポイントでしょう。食事、運動、睡眠、平穏で前向きな心、これらを心がけて生きていきます。<完>
- 登録日時
- 2017/02/28(火) 11:21