【今月のビジネスクイズ 番外編①】
前回のクイズの解答・解説編その1:世阿弥の言葉『初心忘るべからず』
■ 本コラムのビジネスクイズシリーズは前回の解答・解説と共に次回のクイズを出題するという構成で書いています。ところが今回のクイズの解答・解説は少々長くなりそうなので、番外編として3回に分けて解答・解説のみをアップします。
● コミックと世阿弥の言葉の関係は最後に記述いたします。その前に世阿弥の言葉の意味をご紹介しておきます。ネットでは多くの情報があふれていますが、私は10年ほど前に書かれた岩波アクティブ新書「処世術は世阿弥に学べ!」土屋恵一郎氏の著書から引用させていただきました。
● 土屋先生は当時明治大学法学部教授で能楽評論家とあります。本書では世阿弥の人生戦略論と創造性について書かれています。とても素晴らしい本ですが、絶版です。しかしアマゾンでは古書が162円で販売されています。送料込みでも500円(1コイン)です。(平成23年6月27日現在)
● 以下、同書からの引用でご容赦ください。私の力量不足で要約ができませんでした。
● この言葉が登場するのは、世阿弥の「花鏡」(かきょう)という伝書である。
中略 ― その意味は、通常は、初めの志を忘れてはならない、と理解されているだろう。この通常の理解は、けっして間違いとは言えないが、世阿弥の言いたかったことはもう少し深い。― 中略
● 世阿弥にとっての「初心」とは、新しい事態に対応する時の方法であり、試練を乗り越えていく戦略のことである。つまり、「初心」を忘れるなというのは、第一には、人生の試練の時に、どうやってその試練を乗り越えていったのかという戦略を忘れるなということなのだ。
● しかも、世阿弥は、「初心」のは3つの初心があるといっている。言いかえれば、3つの試練の時があるといっている。
● 最初の初心は、若い時の初心である。次に人生のそれぞれの時にまた初心がある。そして最後に老後の初心がある。
世阿弥はいう。「老後の初心忘るべからず」
● 若い時の「初心」を忘れてはならないのは、若い時の失敗や試練を忘れないことが、のちのち成功の糧となるからだ。― 中略 ―
● つまり、普通に考えられるような「最初の志」ではなく、最初の試練や失敗こそが「初心」という言葉の本当の意味である。
試練や失敗の無い者は、ついには本当の成功はおぼつかないといっているのだ。
● 人間には、いつも試練がやってくる。なにか新しいことがあれば、それはいつも試練である。その時に助けになるのは、かつての若い時の失敗であり、試練である。― 後略
●「初心忘るべからず」とは、それがなんであれ、いまだ経験したことのない事態に対して、自分の未熟さを知りながら、その新しい事態に挑戦していく心構えであり、姿にほかならない。
● その姿を忘れるなといっているのだ。それを忘れなければ、中年になっても、老年になっても、新しい試練に向かっていくことができる。失敗のない人間には、このことがわからない。
■ 私が出題したクイズの現代コミック4作のうちこの言葉が該当する作品はおわかりでしょうか?
● それは「JIN-仁」と「バガボンド」です。JINは26日(日曜)夜のテレビドラマ最終回でテレビ版は終わりました。結末はコミック版の原作をひねってあってなかなか見ごたえのある作品でした。視聴率平均20%越えのことだけはありますね。(最終回は瞬間30%を越えたそうです)
● この作品にはテレビ版だけ「神は乗り越えられない試練は与えない」という聖書の言葉が出てきますが、確かに主人公南方仁先生ほか、それぞれの人々に試練があります。これは人間として生きていれば当然のことです。
● それを乗り越えるのは、自分自身の内面から湧き上がる意思や能力であり、他人との関係性から影響を受けて勇気を持つことだと思います。神が試練を与えるというのには私は違和感があります。
● コミックでは原作者の村上もとかさんはそういう言葉は書いていません。それよりはからずも江戸時代末期にタイムトリップしてしまった主人公が数々のエピソードで試練を与えられながら、持てる力を最大限に発揮しながら生き抜いていくところが魅力です。
● もうひとつの「バガボンド」は井上雄彦氏のコミックです。原作は吉川英治とあります。これは「たけぞう」から「武蔵」への成長物語です。野獣が如き「たけぞう」が人格者「武蔵」へと転換していく様を描いています。
● 井上氏はそれを「剣客武蔵」の成長物語として描いておられるように思います。これもまた幾多の試練を乗り越える武蔵の姿がこれでもかと描かれます。特に剣の技についての工夫は、強敵と向かい合うたびに考え抜きます。
● 両作品に共通するのは試練に挑戦する主人公の姿です。逃げるということはさせません。逃げるのは他の登場人物を通じてしか描いていません。主人公は逃げていたのではヒーローになれません。現実では試練から逃げることが多い人々への戒めでしょうか?
● しかし「逃げるが勝ち」という言葉もありますね。私は基本的には逃げないで試練に立ち向かうべきだと思いますが、状況によっては「逃げる」という選択肢も選べる柔軟性があっても良いと思います。逃げないで試練に立ち向かった結果、自分にとって良き事であったとは思えないこともありますからね。
● それは試練に立ち向かったから言えることであって、最初から逃げてばかりの人生では何も上達しないし、身にもつかないでしょう。
いくつになっても「初心」を忘れずに生き抜きたいものです。<完>
- 登録日時
- 2011/06/28(火) 14:12