「薪を運ぶ女」1973年 油彩、キャンバス
★シンプルな世界から複雑な世界へ
ジュリアス・ンジャウは現代美術の油絵画家として主に知られているが、版画やろう染め、彫刻などの手法も用いて様々な表現形態を模索している。今まで描いてきた作品は約1000枚。5日から1週間で完成させるものもあれば、1ヶ月以上かけて描く作品もある。寝ることも食べることも忘れてしまうというほど集中して描かれる絵のなかには、寝ているときに夢のなかでインスピレーションを受けたものもあるという。それらの作品はコンクールで受賞を果たしたものも多く、また、大阪・富山をはじめ、ドイツ、フィンランド、イギリスなどの美術館にも収集されている。
彼の初期の作品は、故郷であるチャガ族の習慣や昔話をテーマにしたものが多かったが、1980年代半ば頃から人間をテーマにした抽象画が目立つようになってきた。最も古い代表作の一つに「薪を運ぶ女」(1973)という絵があるが、料理で使う火をおこすために薪を拾いに行って家路につく女性の様子がほのぼのと描かれている。しかし、最近の彼の作品には、このような具体的に原風景が目に浮かんでくる絵が少なくなってきた。
そのような作品スタイルの変化は、彼自身の内省的なものに起因するようだ。「同じものばかりを描き続けることは自分にとって良いことじゃない。自分自身をもっと改善するために絵のスタイルも変化させたんだ。何か新しいものを発見したかった。そうすることは自分にとってより快適なことなんだよ」と彼はいう。
しかし、彼の絵の変化は内省的なものばかりではない。「僕の絵は常に変化をし続けている。以前の僕の絵は非常にシンプルなものだったけど、最近の絵はより複雑になってきている。20年前はものごとを直視することができる世の中だった。それと比べて今は、ものごとを真っ直ぐ正確にみることができなくなってきている。長い時間をかけて、一つ一つを学びながら新しいものを発見していかなければならない、難しい世の中になってきているんだ」。
移りゆく歴史とともに自己を表現していく一方で、感情的にはならず、あくまでも冷静に世の中を見つめ、時代とアートを密接にリンクさせている。そんな彼の眼差しが、同時に絵画の眼差しとなり、複雑に入りこんだ生きにくい世界を反射させるのであった。
★アートを通してはぐくむ友情
作品で埋め尽くされたアトリエには、大きなキャンバスに描かれた完成間近の「市場」という絵が置かれていた。ンジャウの作品にはこのタイトルの作品が多い。「市場という空間は人びとの多くのコミュニケーションがあって、そのなかで一つの世界がつくられている。僕はそういう人間同士が交流する空間がとても好きなんだ」という。
「市場」という絵にも表れているように、彼のアーティストとしての基盤には「コミュニケーション」というキーワードがみえてくる。2003年には、アートを通して国際理解と文化交流を図ろうと、外国人アーティストら10人で構成される「マラフィキ」(スワヒリ語で「友情」)というグループも創設した。そこには「友情とアート」というコンセプトが含まれている。「アートを通じて友達をつくるっていうことは、僕にとってとてもハッピーなことなんだ。僕が絵描きでなかったら、こうして君と出会うこともなかっただろ?」
マラフィキ精神で行う展覧会のテーマも様々で興味深い。最近の展覧会では、外国人アーティストと合同展示を行った「パモジャ・クワ・アマニ~地球いったいのこころ」(2005年)や、日本人画家とのコラボレーションを図った「ニュー・ブリッジ~橋」(2006年)というテーマであったが、次の2008年に開催する展覧会はどのようなものを予定しているのだろうか。「テーマはまだ決まっていないけど、そうだな、『ブラック・アンド・ホワイト』なんていいかもしれない。黒人も白人も人種は異なるけど同じ一つの人間だということさ。世界に生きる人間は皆同じ人間であって、イエロー、ブラック、ホワイトという分類なんてない。肌の色なんて関係ないんだ。黒人だけのアート、白人だけのアートというものも存在しない。アートというものはすべての人々にチャンスがあるし、すべての人々に通じるものなんだ。そういうメッセージを込めて、どうかな?」
かつて、アフリカ諸国人のアートは西洋人によって「未開美術」や「ニグロ美術」とよばれていた。現代に至ってそのような差別語がないにしても、そのような事実があったことを考慮するならば、ンジャウの主張は支持されるべきであるだろうし、彼の主張を生み出した背景を理解する必要があるだろう。
- 登録日時
- 2008/08/16(土) 17:05