【今月読んだ本②】
『良い戦略 悪い戦略』<後篇> 戦略思考テクニックより
リチャード・P・ルメルト著 日本経済新聞社刊(2012年6月)
●本稿は同書の第3部ストラテジストの思考法の第17章「戦略思考テクニック」より抜粋したものです。この17章の25ページは多くの方に役立つと思われますので必読です。
●戦略思考テクニックの前に2つの重要なことが書かれています。一つ目は仕事における課題のリストを作成するということです。それは『重要であってかつ実行可能なことのリスト』を作ることを勧めています。
●その理由は、今日では戦略策定や分析のための様々なツールが用意されている。しかしもっと根本的なことは他にあると著者は言います。それは・・・
●「人間の認識能力の限界や先入観、すなわち目先の問題にとらわれがちな近視眼的傾向を克服することである。視野狭窄は、あらゆる戦略立案の邪魔になる。」人間はあることに集中していると他の事は目に入らなくなる。そういう人間の特性を認識して対処せよという教えです。
●二つ目は「第一感を疑え」ということです。以下著者の教えは「人間は何かを思いつくと、それを疑いの目で見てアラ探しをするのではなく、何とか正当化することにエネルギーを使うようになる。」
●「たとえ経験豊富なエグゼクティブであっても、だ。おそらくそれが人間の本性なのだろう。簡単に言ってしまえば、われわれは自分の考えを厳しい目で検証するという苦痛な作業をなんとか逃れようとする。だから最初の判断が正しいのだと理屈をつける。しかも、自分が嫌な作業から逃げたことを意識していない。」
●「だがみなさんは、この無意識の罠にはまらないでもらいたい。いまでは罠の存在を知ったのだから、問題にどう取り組むか、自分で選ぶことができるはずだ。自分の考えの道筋を自分で導くことができるだろう」
●「そして、これこそが戦略思考の極意だと確信する。いろいろな戦略ツールを使いこなすことより何より、自分の考えを自分で疑い検証できることが大切なのである。」
●『重要で実行可能な課題リストを作成する』『第一感を疑う-自分の考えを自分で疑う』この2つを意識するだけで戦略思考を身につけることができると筆者は主張されています。そのうえで戦略思考のテクニックを3つ教えてくれます。それは・・・
●一つ目は「戦略があらぬ方向に逸脱しないようにチェックするためのテクニック」です。それは『カーネル(核)に立ち帰る』ことです。
●「良い戦略には最低限3つの要素(診断・基本方針・行動)が備わっている。それをカーネル(核)という。事実から診断を、診断から基本方針を、基本方針から行動を導き出す。カーネルに立ち帰れば、最初は1つの要素しか考えられなくても、そこから3つの要素へと思考は拡がっていくだろう。」
●二つ目は「戦略の一貫性をチェックするためのテクニック」です。それは『問題点を正確に見極める』ことです。
●「多くの人が戦略とは行動を起こすことだと考えているが、その前に困難な状況を見極める作業があることを忘れてはいけない。何が問題なのか、何が障害物になっているのかを把握していれば、どんな戦略が可能なのかがより明確になる。」
●「さらに重要なのは、いくつかの要因が変化したら、戦略の効果にどのような影響を及ぼすかを見越しておくことだ。そのためには、『何をするか(What)』
から『なぜそれをするのか(Why)』へと視点を移す必要がある。
●言い換えれば、方針を決めることよりも、方針を決定するような要因、とくに懸念すべき問題点を見つけることに比重を移すのである。
●三つ目は「良い判断を下す能力や自分の判断を検証する能力を高めるためのテクニック」です。それは『最初の案を突破する』ことです。
●「最初の思いつきで戦略を立てる悪癖を直す方法は簡単である。1つの戦略で満足せず別の戦略を探すことだ。その場合マイナーチェンジの案ではなく根本から戦略をつくることだが、最初の案の弱点をえぐり出し、矛盾を見つけ出して、『破壊する』必要がある。」
●「しかし、これは容易に出来ないことなので、他人に助けを求めることも必要である。その例としては『バーチャル賢人会議』がある。それは自分が選んだ賢人と心の中で対話することである。」
●「バーチャル賢人から学ぶことは、単に話を聴いたり著作を読んだりする以上の価値がある。彼らのアドバイスを聞くために、あなたは一歩立ち止まり、自分の考えを整理し、さらに一歩踏み込んで賢人ならどう言うだろうかと考えるからだ。」
●「このやり方がうまくいくのは、人間に内蔵されたソフトウェアは、理論やツールよりも個性と価値観を持った生きた人間の言葉をより良く認識し記憶するようにできているからである。」
●バーチャル賢人会議はそれなりの人脈、メンター(師匠と仰ぐ人)の存在が必要だろう。あるいはある賢人の考えに触れていないと対話するのは難しいであろうと思います。ですが、自分一人でも最初の案を突破するという意識があればできます。
●その能力は常日頃、自分とは考えの違う人の言動に注目しておくことでしょう。何が違うのか、それはなぜなのか、それを記録することで自分の判断力に磨きをかけることができます。目的は良い戦略をつくることであって自分の考えにこだわることではありません。
●私にはルメルト教授の教えには頷くことや、新しい気づきが多々ありました。
2回にわたるこの本の紹介で興味を持たれた方はぜひご一読下さい。長く使える本だと思います。
●過日テレビのBS2で映画「12人の怒れる男たち」を放映していました。観るのは3回目ですがついつい見入ってしまいました。この映画では人間の先入観や事実観察の曖昧さを表現しています。本書のルメルト氏の指摘にも通ずるものがあります。
●このタイトルの映画はTSUTAYAで名優ジャック・レモン版があります。こちらはカラー映画でなかなか見ごたえがありました。興味のある方はぜひご覧ください。内容はほぼ同じです。
●翌日には大相撲の蒼国来関の八百長による解雇の無効判決が出ていました。疑わしきは罰せず、証拠不十分を認定する判決です。これからどうなるかはわかりませんが、相撲協会は上告しないので判決は確定です。調査委員会の責任が問われるのではないでしょうか?
●おそらく曖昧にことを済ませてしまうのではと思います。事実をよく確かめなかったとか、先入観があったなどとは言えませんものね。これも私の先入観かもしれませんが・・・。
●私たちは事実をしっかり掴んでから考えて答え(対策)を出すという定石を踏み外すことが多いという認識に立って、問題解決や戦略構築を行うことが重要です。私には自問自答ができて気づきの多い本でした。 <完>
- 登録日時
- 2013/03/28(木) 11:31