【2013年12月の雑感①】
若き日の黒田官兵衛の癖
●来年のNHK大河ドラマは「軍師官兵衛」です。私は毎年ドラマに関連する小説を1~2冊読むことにしています。昨年は「八重の桜」でしたから、船戸与一氏の「新・雨月」(徳間文庫全3巻)を読みました。ほとんど八重は出てこなくて戊辰戦争を題材にした奇談小説です。これが実に面白い。
●船戸氏の戊辰戦争奇談は現在も執筆中の「満州国演義」にもつながっています。通俗小説で歴史をたどるのも愉しいものです。
●「八重の桜」は鶴ヶ城落城までは毎週欠かさず見ていましたが、後半の京都編は殆ど見過ごしました。ただ会津藩士から東大総長にまでなった山川健次郎の存在は私にとって新発見でした。
●黒田完兵衛については司馬遼太郎氏の「播磨灘物語」を読み始めました。私の本棚には昭和61年刊行の「日本歴史文学館13」講談社刊のものがあります。
27年も前のものですが立派な装丁なので美麗です。未読でした。(笑)
●小説の部分だけでも700ページ上下2段組みの長編です。文庫本ではたしか4分冊になっていたと思います。読み始めて2週間ほどで260ページ位進んでいますがなかなか面白いですね。
●司馬さんの小説は初期の「竜馬がゆく」「燃えよ剣」と中期の「国盗り物語」しか読んでいないのです。私にとって後期のものは難しくて面白みに欠けてきたからです。この播磨灘物語は国盗り物語と同時期の司馬さん50歳ごろに書かれたものです。
●作家として乗っておられたころではないかと思います。これから先の展開がたのしみで、毎日10ページから20ページのペースで読んでいます。年内に読み切れるかどうかですね。
●そんな中、面白い記述を見つけました。それは官兵衛の若き日の状況を描いたものです。播州御着城主、小寺藤兵衛(大河ドラマでは片岡鶴太郎さんが演じます)の家老であった官兵衛が家中の者から好かれていなかったということです。
●以下そのくだりの記述です。
『官兵衛は、じつのところ、小寺家の家中では必ずしも好かれていない。官兵衛の家が新参のくせに優遇されているという嫉妬があった。父の兵庫助が現役のころはそのあたりの気配りを入念にして人々の反感を買わぬようにつとめていたが、官兵衛はいわば生まれながらの資格で筆頭家老に家を継いだため、そういう配慮はなかった。
●それに、官兵衛は若気ということもあるが、話の通ぜぬものを好まない。
― 官兵衛は、いつもあごをあげて歩いている。 と古い家中の者はいう。』
以下略
●この記述に至った時に私は自分が若いころに会社の先輩から「鶴さんは上を向いて歩いてるな、それじゃ生意気見えるぞ」と言われたことを思い出しました。そのころから「あごを引くこと」を意識しはじめたのですが、私の癖なのかなかなかその姿勢が直りませんでした。
●現に自分以外にもあごをあげて歩いている社員を1人見たことがありました。彼は実に生意気に見える姿勢で発言をしていたので、言葉に険も感じられました。「人に振り見てわが身を直せ」という言葉があるように、私も一層意識したのを覚えています。
●ですが何人かの人には「生意気な奴」と感じさせたかもしれません。もともと知識や知恵を重んじ、少数意見に着目するとか物事の本質を追究することを好んだだけに、場合によっては要らざることを言ったかもしれないのです。
●それに今も時々、「あごが上がっている」と感じて姿勢を修正することがあります。癖はなかなか直らないものです。それは他人から指摘を受けないと自分では気づかないからかもしれません。
●最近、残念な人の仲間入りをしてマスコミのバッシングを受けている東京都の猪瀬知事なんかもよく上を向いて発言されています。写真をみても鼻の穴が見えるものが多い場合はあごがあがっているのです。
●余計なお世話ですが私と同じような姿勢が癖になっていたなら、生意気な奴と思われて要らざる苦労をしないために、顎を引いた言動をされた方が良いと思います。(笑)
●黒田官兵衛はこのあと小説のなかでどのように描かれていくのかは愉しみです。結果はわかっているのですが、司馬さんがどのように官兵衛をとらえていたのかは小説を読む愉しさです。
●また来年の大河ドラマでは主演の岡田准一さんがどのように官兵衛を表現してくれるかは楽しみですね。前半の若いころに「あごを上げて」歩くとか、話をする場面があれば面白いのですが・・・。それと豊臣秀吉を竹中直人さんが演じるのも楽しみです。人たらしの極意を見せてくれるでしょうか?
●2人がどのようなセリフを交わすのか、どのような所作を行うのか、それぞれに癖があったように思います。それがどのように表現されるのか、ドラマを見ながら発見を愉しむのもひとつの視点だと思います。<完>
- 登録日時
- 2013/12/06(金) 10:31