【2016年12月の雑感④】
▲寒椿は、寒さ厳しいなかや日陰であっても、鮮やかで豪華な花を咲かせます。その花の姿のイメージから、「謙譲」「愛嬌」「申し分のない美しさ」という花言葉が付けられました。(ネット記事より)
競馬の愉しみ
■一昨日の第61回有馬記念競走で日本中央競馬会(JRA)の今年の日程が終了しました。あとは明日の大井競馬場で行われるダートG1の東京大賞典競走で今年の主な競馬は終わります。
●それにしても有馬記念は北島三郎オーナーの「キタサンブラック号」とセガサミー会長の里見治オーナーの「サトノダイヤモンド号」の大接戦で素晴らしい競走になりました。
●両馬ともに1番人気、2番人気の決着でしたので馬券的には妙味の無いものでした。(3着も3番人気のゴールドアクターで、テンポイント、トウショウボーイ、グリーングラス以来2度目のこと)しかし競馬のスポーツ性からみると強い馬が実力をいかんなく発揮し、真向勝負をする姿には満足されたファンが多かったようです。
●ちなみに私はキタサンブラックを応援しながらも、なんとなくサトノダイヤモンドがゴール前で差すのではないかと予想していました。そのとおりの展開になり半分は満足です。ですが心情的にはキタサンブラックに勝たせてやりたかったという気持ちがあります。
●なぜなら彼は今が充実期の4歳馬です。来年になるとサトノダイヤモンドは充実の4歳になります。さらに今回出走していなかったマカヒキ号やディーマジェスティ号も充実の4歳で出走してくるでしょう。負担斤量は同じになるとして(今回はサトノが2キロ軽かった)も5歳の年末では力が下がる可能性が高いからです。先のことは分かりませんが、大きい魚を逃がしたという気がします。
●ちなみに私の有馬記念馬券は馬連、3連単共に的中して、神戸新聞杯以来この秋は殆ど負け知らずでした。病気をしてのんびり考える時間が増えて、大きくは勝てませんが小さく儲けるコツをつかんだようです。(笑)
■私の競馬遍歴は約60年です。有馬記念が制定されたころに興味を持ちだしたんですね。たしか小学校低学年のころからです。大相撲と共にプロ野球の巨人ファンになったと同じころから今日まで観戦し続け、大人になってからは馬券に参戦してきたのです。
●きっかけは父親がラジオで競馬中継を聴いていたのを横で聴いて関心を持ったようです。当時の記憶ではアナウンサーの絶叫調の放送が耳に残っています。一頭の馬名「カツラシュウホウ」という美しい響きの名前が私の脳髄を刺激しました。(笑)
●大接戦のレースだったようですが後年、大人になって調べたら確か日本ダービーの放送だったようです。優勝したのはダイゴホマレ号でカツラシュウホウは2着でした。
●それからコダマ号のダービーを経て、我が家に白黒テレビがやってきました。関西テレビの競馬中継を見るようになって益々ファンになりました。(競馬実況の名調子杉本清さんが若手のころです。)当時から関西所属の馬と関東所属の馬のライバル心は強く、巨人VS阪神さながらでした。
●私が愛したのは、野球は巨人、相撲は初代若乃花から大鵬、競馬は関西馬でした。昭和38年ごろでしょうか、競馬界は今とは逆で東高西低の力関係になって関西馬は馬鹿にされていました。ですがリュウフォーレルやヒカルポーラという美しい名前で強い関西馬が出てきて必死に応援したものです。
●ですが関東にメイズイという名前も体も美しくて強い馬が現れその後も関東馬が席巻しだしました。そこに現れた関西の救世主が後に五冠馬となる「シンザン号」です。この馬のおかげで徐々に関西馬が強くなっていきました。特にシンザンの有馬記念は忘れられない一戦でした。(競馬に興味のある方はぜひご覧になってください。シンザンが4コーナーを回って一瞬画面から消えるやつです。)
●その後は多くの方がご存知のように、ハイセイコー号、オグリキャップ号、ディープインパクト号などが出現して競馬ブームを創ってきました。他にも数々のドラマが実現し、その都度数々の活躍する競走馬に肩入れしてきました。(勿論関西馬が中心でした)
●栗東トレーニングセンターができてからは関西馬が強くなり西高東低といわれるようになりました。ですが来年は久々に関東馬の方が活躍するのではないでしょうか?楽しみです。
■私は競馬の魅力は①美しい名前と姿、走り方をする馬を贔屓にすること、②血統を考え生産し育成して調教して走らせるという仕組みに関係者の並々ならぬ努力が結集していること、➂馬(サラブレッド)の寿命は20年から30年ですが、現役は2歳から6歳ぐらいの4年から5年でサイクルが短いため、次々と新しい馬が出てくること(新製品の発売が毎年あるようなもの)、④現役時代に活躍した馬の子供が比較的早く出てくること、⑤JRAの番組づくりなどの営業企画が優れていること、⑥競馬場という空間が美しいこと、⑦そしてギャンブル性があること。だと思っています。
●①について名前は馬主の特権です。サトノのように里見氏の冠名が付いた馬が多くなりました。ですが私は冠名のなくて美しい名前の馬がすきです。例えばミハルカス、テンポイント、ディープインパクト、オルフェーブルなどです。昔テレビで故寺山修司さんは自分で馬を持ったならユリシーズという名前を付けたいとおっしゃっていましたね。
●走り方ではタニノチカラという馬が好きでした。両前足の骨折から復活してきて有馬記念も勝った馬です。首を下げて重心を低く走ります。今回のサトノダイヤモンドも似ていて好きな姿ですし、走り方をします。きっと名馬の仲間入りをするでしょう。
●②については、サラブレッドは血統で走ると言われ、若い時には血統に関する本を読んだものです。現在はサンデーサイレンスからディープインパクトの血脈が日本の競馬を強くしました。
●➂は競馬のマーケティング上有利な条件ですね。人は飽きやすいものですから次々新しいものの出現を待ち望みます。競走馬は大活躍をしても4~5年で引退しますから常に新鮮な気持ちで楽しめます。これは人気の条件だと思います。
●④もライフサイクルが早いため、現役時代に応援した馬の息子、娘たちが比較的早くデビューしてきます。これもファンのこころを刺激するのに良い条件ですね。
●⑤JRAの企画力は優れていると思います。現在の番組はほぼ完成形に近いと思いますが、年齢別、性別、距離別、競馬場別、季節別にグレード別を組み合わせて見事な体系を創りました。競馬先進国だった欧州の体系を真似したと思いますが、今や出走頭数からすると日本が一番ではないでしょうか。
●私は小売業で働いていましたから、この体系を年間販促に応用したものです。対象顧客と商品構成(主力商品)、販促頻度と強度(売り上げ規模)などです。これは自分たちの事業に合わせて応用(自分で考える)すると効果的ですよ。
●⑥JRAの競馬場は札幌、函館、福島、新潟、東京、中山、中京、京都、阪神、小倉の十場があります。私が訪れたのは札幌、京都、阪神だけです。神戸在住なので阪神競馬場には年に2~3回行っていました。綺麗で快適な空間です。大阪杯か桜花賞のころは桜が満開でとても美しいですね。
●京都競馬場には上の息子が大学生から社会人になった頃によく一緒に行きましたが、行きはウキウキ、帰りはがっくりとゴルフを始めたころと同じような気持ちを味わい尽くしました。(笑)良い思い出は少ないのですが懐かしいでね。
●札幌競馬場は仕事の延長線上で1度きりですが行きました。改築する前でした。スタンドが古く快適ではありませんでしたが、最後の方で3連単の万馬券が1度当たってほくほくで愉しめました。
●⑦多くの競馬ファンはこのギャンブル性に嵌まるのでしょう。競馬にはスポーツ性があることは述べました。自分のひいきする馬の競争成績を応援するのですが所詮他人の持ちモノです。自分にとってささやかでも経済的なメリットがあるとさらに楽しみが増します。
●私は、ギャンブルはプロでコツを掴んだ人しかないと勝てないと思います。負けるものだと思ってやるべきでしょう。ですから1回の掛け金には限度額を設けること。(私は3000円)投資するレースは絞ること。(アマは重賞競走を中心とする)競馬場に行くときは2万円を持って行って1万円の負け以内で終えること。(買うのは8レースぐらいに絞ること)
●最近小銭を得るために行っているのは、軸馬を決めないで有力馬と穴馬のボックス的購入で10点ぐらい購入すること。購入額はメリハリをつけることです。元金3,000円と繰り越し2万円で年を越せました。しかし世間ではもっと上手に儲けている方がおられるでしょうからそれを参考にしてください。(笑)ゆめゆめ勝ち続けようなどとは思わないことです。
●2017年も競馬は大相撲、プロ野球と共に大いに楽しみたいと思っています。<完>
- 登録日時
- 2016/12/27(火) 10:25