【2018年11月の雑感①】病気備忘録
▲黄色のマリーゴールドの花言葉には「健康」という意味があるそうです。一般的には悪い意味の花言葉が多いようですが、良いものを見つけて「健康になりますように」と願いをこめてアップしました。
副作用のネフローゼで入院していました<その1>
■10月16日(火)に抗がん剤の投薬のため神戸医療センターに出向きました。主治医の先生に顔のむくみ、足の腫れ、お腹のふくらみや湿疹、体重の異常な増加を伝えたところ、血液検査と尿検査の結果をふまえ、「即入院して治療しましょう」と言われました。白血球と血小板が減少しているうえに腎臓の数値が悪化しているので今から入院とのこと、「ちょっと待ってください、準備もあるので明日からにしてください」とお願いしてひとまず帰りました。
●入院期間は1週間、食事療法も行いますとのこと。10月20日(土)にはクラシック音楽の定期演奏会があるのでと言うと、一時外出もできますからと説得されました。先生もこの時点では軽症との判断だったのでしょう。
●ところがこの入院はその後回復の目処が立つ10月31日まで続き、私の不安と家内の仕事の関係もあって11月6日(火)まで20日間も続くことになったんです。病気についての結論は抗がん剤「サイラムザ」の副作用によるネフローゼ(腎臓の機能障害)の発症とのことでした。
●入院中にいろんなことが起こりました。いくつかの入院体験を備忘録として記録しておきます。この間、癌の直接治療は行っておらず、果たしてこの病気は私の未来にどのような影響を及ぼすのか、不安ですね。
●退院した今も自宅療養と塩分控えめの腎臓食でネフローゼからの回復に努めています。また入院期間中に直前に「サイラムザ」に代わって投薬した「イリノテカン」の副作用で髪の毛が抜けてしまい、現在は坊主頭で過ごしています。寒いですね。(笑)
●今日はここまで。引き続き毎日少しずつ書いて行きます。(11月9日-金)
■今日11月10日(土)は兵庫芸術センターにて定期演奏会があります。午後から出かける予定です。実は先月の入院時に10月20日(土)の定期演奏会には病院からの一時外出で出かけるつもりでした。
●ところが入院すると同時に微熱が出だしました。拙いと思いよく眠ることにしたのですが、11月19日(金)の夜には39.4度の発熱でぶっ倒れたそうです。
実はこの間の記憶が吹っ飛んでいて何があったのかよく覚えていないのです。
勿論コンサートには出かけられませんでした。とてもお気に入りのプログラムだったので残念です。
●さて、おぼろげに覚えているのは個室に運び込まれ、床をころげていることです。目の前に尿が入った尿瓶がころがっていました。ボクシングでノックアウトされた選手の様に起き上がろうとするのですが足腰が思うようにならずころげていました。
●その後かどうかは定かではないのですが若い看護師さんが私を羽交い絞めの様に抱え上げている光景を覚えています。他にはその看護師さんを先輩の看護師が叱咤激励する声が遠くで聴こえていたような記憶があります。
●あとはCT検査で頭の撮影をするために運ばれました。それもいつだったのか覚えていません。あとは気が付くと先輩看護師が私の家に電話すると言っていたので止めてくれと言ったのを覚えています。
●夜11時頃だったと後で家内に聴きました。案の定「意識不明で昏睡状態」だとか「頭を打った」とか、「何かうなされ叫んでいる」と伝えられたようです。
家内はその後一睡もできなかったと翌日、来院して言っていました。
●翌朝私の熱は36度台に下がったようです。ロキソニン他を飲まされた結果のようです。その次の日には元の4人部屋へ戻されました。しかし誰も19日から20日の出来事を詳しく語ってくれません。よほど醜態だったのでしょう。
●それより4人部屋に戻されてから「厳重監視患者」に指定されたようです。トイレに行く際は必ずナースコールをして担当看護師を呼ぶように義務付けられました。鼻には酸素吸入器がつながれているのでいちいちそれをベッドの横の挿入口から外して移動式のボンベにつないでトイレに行かねばなりません。
●しかも先生の指示で飲料の量と排尿の量を都度記録せよとのことです。1日平均15回ぐらいの排尿です。しかも利尿剤を投薬されているので「しっこ」が近いのです。目が覚めればすぐ排尿がしたくなりトイレに行くまでの余裕がありません。
●何度かちびってしまい下着交換が大変でした。頼むから尿瓶をベッドの近くに置いてくれと頼みました。一時的にはそうしてくれましたが、やはりトイレに行くように変更になりました。何の意味があるのかわかりませんが病院の指示のようです。
●排尿したら直ぐにナースコールするからと言っているのですが、付き添ってトイレに行きます。回復状況を観察させるためでしょうか?わからずまま8日間ほど続きました。
●私は少しずつ元気になるにつれて、これじゃ鎖に繋がれた犬と同じじゃないかとか、「監視社会は嫌だな」などと思うようになりました。とにかく酸素吸入器は早くはずして欲しかったですね。機械で測定して酸素の数値が95以上にならないとだめですと看護師さんにくぎを刺されました。
●そうこうしているうちに10月25日(木)の夜に大量の鼻血出血をしました。ベッドが血だらけなりました。そこでようやく酸素吸入器を外してくれました。酸素吸入が続き鼻の粘膜がやられてしまったに違いありません。ようやく解放です。ほっとしました。
●しかしこの間に大勢の看護師さんが仕事とはいえ私のために尽力してくれました。20日間も入院していると彼女や彼らの仕事ぶりには敬服いたします。私以上の重症患者や訳の分からない人をあやしながらよくやっておられます。(今日はここまで)
■昨日は久しぶりにコンサートを堪能してきました。病気のことも忘れて音楽に浸ることができました。いいですねやはり生演奏は。ところ途中から右の耳に異変が起こり、自分の呼吸が聴こえるようになりました。「わあまた何か副作用か」と心配になりましたが、帰宅して家内に言うと、「私もよくあるよ、すぐに治るわ」と言われましたが不安です。ですが夕食時に水分を多めにとると治りました。どうやら脱水状態になっていたようです。(笑)
●どうも今日はPCの打ち間違いが多く、このへんで止めます。まだエピソードがありますので明日以降に書きます。「腎臓食による治療について」です。
明後日には退院後一週間で病院での診察があります。今後の副作用とがんの治療方針を決めなければなりません。よって<続く>です。11月11日(日)
- 登録日時
- 2018/11/11(日) 11:06